1860年に生まれたルイ・モニッケンダムは、当時のダイヤモンド産業の中心地アムステルダムで、ダイヤモンド・カッターとして活躍。
卓越した技術を持つ「マスターカッター」の名声を得ます。そして、1890年、ダイヤモンドカッティングの会社としてモニッケンダム社を創立しました。

1938

ダイヤモンドの評価基準を整備

モニッケンダムが世界に先駆けて行ったのが、ダイヤモンドのカラー及びクラリティの品質をグレードで示す、品格システム。

カラーはアルファベットの「A」から、クラリティは数字の「1」から、明確な基準で表示しました。

現在GIA(米国宝石学会)によるグレーティング基準「4C」において、カラーグレードが「D」から始まっているのは、モニッケンダムによる「A」から始まるグレードへの敬意だと言われています。

1948

英国王室との深い関係

名実ともに、英国を代表するブランドとなったモニッケンダム。

1948年に、エリザベス女王のご結婚祝いとしてタンガニーカ(タンザニア)政府から寄贈されたダイヤモンド原石のカッティングを担当。エメラルドカットを施したイヤリングの美しさは、世界中から賞賛の的となりました。

英国王室との関係は続き、現在の王冠にもモニッケンダムがリカットしたダイヤモンドが輝いています。

また、モニッケンダムは、王室が所有するダイヤモンドコレクションを修復する際のアドバイザーも務めています。

1954

サークルオブラスター

アルバート(2代目)は、ダイヤモンドをより美しく輝かせるための技術開発にも努めています。

当時、ダイヤモンドはガードルを研磨することはありませんでしたが、アルバートは1954年、ガードルをファセットなしで、磨き上げる「サークルオブラスター」の技法を開発。

名前の由来は、ラウンドブリリアントカットを真上から見た際、ガードルがまるで光の輪のように輝きを放つことから。

今では他社も取り入れる技術となっています。

1965

世界最小のフルカットへ挑戦

初代から面々と受け継がれた、カッティング技術の追求により、モニッケンダムは多くの優れたカッターが育成されました。

1965年、生え抜きで技を磨いてきたキース・ボーエンというカッターが1/607カラット(0.00164ct)のダイヤモンドに58面体のフルカットを施すことに成功。

道具の製作に7か月、8個目の挑戦でした。この世界最小フルカットダイヤモンドはモニッケンダムのカッティング技術の高さを示す、象徴的な出来事となりました。


MONNICKENDAM GUARANTEE

-信頼への取り組み-

モニッケンダムのすべてのダイヤモンドは、紛争地域の資金調達に国連決議及び
キンバリープロセスを遵守し、正当に供給されたダイヤモンドを扱っていることを保証いたします。